フリースランド 上 2010.01.30

冬のフリースランドに行ってきました。日本では馴染みが無いと思いますが、フリジア語を話す人達がいて、北欧の雰囲気が漂う… というと何処の国でしょう?実はここはオランダなのです。オランダ北部にある世界最大の堤防 『締め切り大堤防』 を渡ると、そこがフリースランド州です。州の面積はオランダ一番で、さらに牧歌的な雰囲気が味わえます。

家を出るときは、雪が凄く降っていて、車は雪と氷で真っ白でしたが、大堤防に着く頃には天気が良くなって来ました。大堤防までは家から約1時間のドライブです。堤防途中の展望台から見る景色は最高ですが、寒くて20秒もいればもう充分です。
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ここはアイセル湖、とはいっても海をせき止めて作った湖なので見た目は海そのものです。流氷のような大きな氷の塊が、海に浮かんでいました。こんなの初めて見ました。
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この大堤防、長さは30km以上もありますが、更に北へ向って走ると、目を見張る様な光景が… 湖一面が凍ってその上に雪が積もったので、南極の様な壮大な景色が現れました。湖岸には凍ってせり出した氷が割れて高く積みあがっています。
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寒いの我慢して来た甲斐がありました。そしてしばらく走りスネークと言うガイドブックにも出ていない小さな街に来ました。ここは下の娘が学校の交流で来た事がある街で、今でも友達とメールの交換をしていて、家にも泊まってもらいました。今回はアポ無しで来たので、会いませんでした。綺麗な景色… 家から手前は凍った運河に雪が積もっています。
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これはスネーク名物の水門です。暖かいオランダもいいけど、凍りついたオランダの街も綺麗です。でもどこの地面も凍っていてスベルスベル… 余談ですが、この冬滑って転んだオランダの人達17000人が病院に担ぎ込まれたそうですよ。
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次は、フリースランド州の州都、レーワールデンに移動します。
# by samu222_arphard | 2010-02-05 05:25 | オランダの街

オランダのお巡りさん 2010.02.02

警察の自転車の写真を撮ってたら、私達も一緒に撮ってイイワヨ!とお巡りさん。
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それではハイ・チーズ!っと あーっ 危ない!風が吹いて自転車が倒れそうに…
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直ぐに(何も無かったような顔をして)ハイ、どうぞ!って目つぶってますけど…
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平和でのどかな国、オランダです。
# by samu222_arphard | 2010-02-03 04:30 | オランダの生活

旧東欧旅行 シュチェチン 2009.12.29

昨夜のパーティーの最後に、ユリアさんが勧めてくれた強い酒のお陰でぐっすりと眠れたようです。今日はみんなで、シュチェチンの街に買い物に行く予定です。その後ベルリンまでは、自分達で列車で帰るというと、異口同音に無理だから車で送ってくれるとの事。

朝食はグラシュカさんと娘のユリアさんがパンとポーランドのハム、チーズなどを用意してくれました。その上ベルリンに行く途中でお腹が空いたら食べてと、サンドウィッチを作ってくれました。至れり尽くせりで申し訳ありません。みんな寝起きの顔なので写真は無し。
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11時にステファンさんが迎えに来て、この家とはお別れです。本当は何日でも泊まって行ってと言われていたので、1泊だけなのでグラシュカさんはとても残念そうです。でも本当に僕らの家族を気に入ってくれたようで、我々にとっても有難いことです。
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街に行く途中、昨夜食べて美味しかった物などを、ゴシアさんが買って来てお土産としてプレゼントしてくれました。みんな親切で気を使ってくれています。この宣伝はグラシュカさんが所有している、語学学校の広告だそうです。英語、ドイツ語… 中国語もありました。
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この街に日本人はいないと言うように、すれ違うと結構注目されています。グラシュカさんは、街では顔らしく、大学の教授や学校の先生など何組もの人達に会い、我々を紹介してくれました。娘に、日本のお客を連れて街を歩くのが誇らしいと言っていたそうです。
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昨夜カミサンがポーランドの食器が好きで集めていると言うと、それを売っている店に連れて行ってくれました。沢山の種類にカミサンは感激、しかもオランダで買うよりかなり安かったようです。ちなみにポーランドの通貨は、我々に馴染みの無いズウォティーです。
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こんな素敵なチェストも約300ユーロだとか… 持って帰れないし。
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昔の共産政権時代の建物は、みなこのようなグレーの建物だったそうです。民主化する前からのこの20数年、パンや肉を買うのに2時間も並んでいた時代から、何でも手に入るようになった現在までの私達の変化を想像できる?と言う言葉、重たかったです。
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グラシュカさんは上のお姉ちゃんにくっついて、色々喋っていました。もう本当に親しい間柄になったようです。将来は海外に行きたいの?お父さんは何と言っているの?また遊びに来なさいね、将来スペイン語を勉強しなさいな… お姉ちゃんも嬉しそうです。
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オランダにも無いような大きなショッピングセンター、クリスマスが終わっても依然多くの人で賑わっています。ここでは洋服から雑貨など何でも揃います。世界全体の景気が落ちていても、ポーランドは元気が良いというのが判ります。雰囲気はドイツや日本の様。
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特に洋服や雑貨類は買うものが無かったので、早めに次の目的地ベルリンまで行く事にします。送ってくれる、グラシュカさんとステファンさん以外はここでお別れ。1泊しかしませんでしたが、本当に親切にしてもらいました。またどこかで会いましょう!
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みんなと別れた後ステファンさんの車で、グラシュカさんも一緒にまたベルリンまでの180kmを送ってくれます。年末も押し迫った大切な時間なのに、本当に申し訳ない限りです。車の中でもとても名残惜しいようで、カミサンや娘達などともたくさん話していました。
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もし飛行機の中で会わなければ、ポーランドは一生意識しない国で終っていたでしょう。しかし僕にとって未知だった悲しい歴史を辿ってきた国の人達が笑い、楽しみ、悲しんでくれる普通の人達だという事を知りました。『一期一会』 の言葉の意味を教えてあげたら、素晴らしい言葉だと感激してくれました。これからも良い友達でいられる事でしょう。
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ステファンさんはホテルまで送ると言ってくれていますが、道が不慣れなためにベルリンで迷ってしまいました。何としても夕食までにポーランドに戻って欲しかったので、途中で降ろしてもらう事にして、ホテルまではタクシーで行くことにしました。本当に何から何までお世話になり感謝感激です。私が感じたポーランドについてはまた別な機会に…
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夕方6時にはホテルにチェックインして、夕食がてら街に繰り出しました。夕食の後、グラシュカさんに電話すると、無事にシュシェチンに帰り、家族と夕食を食べてるとの事で安心しました。我々の旅行も残す所後2日、最後の街ベルリンを楽しみたいと思います。
# by samu222_arphard | 2010-02-02 04:15 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 シュチェチン 2009.12.28

今日はポーランドのグラシュカさんの家に招待されています。ドレスデン9:04発の列車に乗りベルリンへは11:17に到着。ベルリンの駅までは車で迎えに来てくれる事になっています。予めe-mailで予定は伝えてあるのでたぶん大丈夫でしょう。
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列車の中では少々心配でしたが、定刻通りベルリンの駅に着くと、グラシュカさんと飛行機の中で会ったもう一人のゴシアさんが本当に待ってくれていました。私と上の娘は感激の再会、カミサンと下の娘は初対面です。熱烈なハグを受けてから駅の外に出ると、大きなベンツのミニバンでゴシアさんのご主人のステファンさんが待っていてくれました。

180kmの距離をポーランドからベルリンまで、みんなで迎えに来てくれるとは感激です。グラシュカさんもゴシアさんも本当に嬉しそうです。車の中では今回の旅行の事や家族の事等を沢山話しました。途中、ゴシアさんが朝早くおきて用意してくれたボルシチスープや、野菜サラダ、ピロシキなどのポーリッシュ・ランチを美味しく頂きました。

そして約2時間のドライブの後、ドイツの国境を越えて初ポーランドです!一度グラシュカさんの大きな一軒家に寄り、娘さんなどを連れて街の観光に出かけました。
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グラシカさんは我々の訪問にあたり、親友のゴシアさん夫妻、ワルシャワに住む娘の臨床心理学者のユリアさん、オランダからはロッテルダムに住む、精神科医のトニーさんとその娘さんを招待してくれていました。一番左の人がグラシュカさん。丁度風が吹いて…
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シュチェチンはポーランド北西部のドイツとの国境沿いにあります。バルト海に面しており、ポーランド第2の規模の港湾都市で機械工業などが盛んです。

ガイドは専らステファンさん。彼は船のモーターを作る会社の経営者で、以前は船乗りをしていたと言う屈強なポーリッシュ。シュチェチンのガイドを始めると止まらなくなります。
色々な観光名所に連れて行ってくれて説明をしてくれますが、少々の歴史の知識位じゃポーランドの歴史を把握する事は出来ません。結構単語や人名が判んないし… ここは昔のお城の時計台ですが、こんなモダンな形の飾りは始めて見ました。
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城内の拷問の展示物で遊ぶオランダから来たハナと、それを笑って見ているゴシアさん。意外とキャラクターが明るいので安心しました。旧東欧の時代や第二次世界大戦の時の話は、嫌がるのかと思っていましたが、意外とオープンに話してくれました。
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街の中にはポーランドの象徴、鷲の紋章や像をたくさん見かけます。シュチェチンの街は昔の東欧の雰囲気を残すグレーの色の建物と、新しく開発が進んだモダンなビルが同居しています。しかし思った以上にシュチェチンは大きな街です。
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友達が経営する1909年開館の、世界で一番古い映画館に連れていってくれました。本当?と思っていたら… ギネスブックの登録証がありました。そしてオーナーが出てきて、我々に館内を案内してくれました。見学後、別れ際に 『また後で』 とオーナー。えっ、この人もパーティーに招待してるんだ!? ワーォ!何だか大変な事になってきたぞ!
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観光の最後は22階建ての夜景が綺麗なカフェに連れて行ってもらいました。この状況下で本当はビールを飲みたかったんだけど、ステファンさんが運転で飲めないので、僕も水を頼んだら、『何でアルコール飲まないの?』 とグラシュカさん。その時彼女の顔は、『ハハー、これが日本人の遠慮なのね』って顔でチェックされてしまいました(汗)。
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観光を終えてグラシュカさんの家に戻ると、ポーランドの女性達は勝手が判っていて、整然とパーティーの準備が始りました。今日は日本人のお客さんが来るので、仲の良い友達を招待しているようです。その内にお客さんが集まり、総勢14名になりました。
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ワインでの乾杯の後、ポーランドの家庭料理をたくさん振舞ってくれました。前菜のサラダ、ヌードル入りのスープ、餃子に似たパイ、七面鳥を煮たもの等ワインと一緒にどれも口に合い美味しい。娘のユリアさんはよく気がつき、いつも話しかけてくれます。もう見るからに才女という感じですが、英語が無茶苦茶早くて難しい(汗)。
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オランダの人もホーム・パーティーは好きですが、メインは家族や親戚などです。一方ポーランド式はお友達や近所の人達を呼んでよく行うようです。そしてもう一つの特徴は女性達は物凄く良く喋ります。本当に笑っちゃうくらい喋る喋る!我々からするとオランダ人も良く喋りますが、オランダ人のトニーさんも付いていけないようです(笑)。
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我々がいるのでみんな英語での会話ですが、ポーランドの特に若い人は英語を話す人が多いようです。と言うか今日の人達はみな上流階級なんだと思います。ポーランドの歴史や習慣、食べ物の事やオランダでの生活の事、日本の事など沢山話しましたよ。
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モデルの様なサンドラさんは、弁護士を目指して平日はベルリンでドイツの法律の勉強、休日はポーランドの法律を勉強しているそうです。控えめな性格で、勉強もよくする姿を見て上の娘も刺激を受けていました。
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下の娘はオランダ語が少し話せるのでハナが懐いて一緒にお土産で持っていった、けん玉や折り紙、ゲーム機などで遊んでいました。
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グラシュカさんが子供の頃の写真を見せてくれました。当時の社会主義の時代でも家の中ではクリスマスツリーを飾り、明るく華やかな顔をしている家族との写真が沢山ありました。しかし厳しく統制された社会では、迂闊な発言が命取りになる時代だった事、当時東ヨーロッパしか旅行が許されなかった事、肉を買うのに何時間も行列で待った話、社会主義体制から民主化した時の話など沢山聞かせてくれました。ステファンさんのお父さんは、彼が7歳の時に共産党員に殺されて、14歳から働かなければならなかったそうです。こういう話を直接聞くと、そう遠くない昔の現実の話だと身につまされます。
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パーティーは0時位に終わりましたが、本当に楽しい時間を過ごしました。今日は泊まりのお客さんが沢山ですが、我々には自分の部屋を提供してくれて、自分はソファーで寝たようです。何だか今日は色々な人と会ったり、初めてもポーランドだったりと目まぐるしかった1日でしたが、一生忘れない思い出に残る日になりました。
# by samu222_arphard | 2010-01-30 14:24 | ヨーロッパの旅行

ミスター 2m が来た 2010.01.24

ミスター 2m ことリック君と彼女のレネーさんが訪ねて来ました。久しぶりに会うリック君は相変わらずデカイ!カミサンが彼らのために日本食ランチを用意してくれました。
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去年の夏には日本に行ったそうで、僕らの家にある日本文化に興味津々。今オリガミに夢中。彼は日本のことには詳しいけど、オランダの事は僕の方が詳しかった!
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リック君は歴史の先生、彼女は写真家、今度写真の撮り方を教えてくれるそうです。
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ミスター2mも高いけど、ミス1.8mもオランダでは普通です。僕も日本じゃデカイけど…
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この夏は東京に1ヶ月間2人で行くそうです。僕らも日本で会えれば良いんだけど… 僕らの家にある日本の文化を沢山吸収して、帰って行きました。
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# by samu222_arphard | 2010-01-25 05:09 | オランダの人

ポーランドの人グラシュカさんとの出会い 2009.11.26

旧東欧旅行の途中でポーランドに住む、グラシュカさんの家に招待されました。ポーランドの旅行記の前に少し我々との出会いについて触れておきます。

去年11月、日本からの帰りの飛行機の中での事。12時間のフライトはさすがに退屈で、一番後ろのスペースに立って気分転換をしていたら、西洋人の2人の女性も退屈そうにしていました。話すとポーランドの人達で、歳の頃は私よりも5~10歳は上か?英語で、31日間も日本の東京、横浜、大阪、京都、岡山、広島を旅行してきたと話してくれました。

話の中で日本の人が親切だった事、文化や景色が素晴らしかった事など、旅の思い出を話してくれました。日本人として自分の国を褒められると嬉しい限りです。日本でもっと沢山の人達と話たかった様ですが、あまり話す事ができなかったのが残念だったようで、彼女の沢山の日本に関する質問に答えてる内に、だんだんと打ち解けてきました。

話の成り行きで、私たちは年末の旅行でベルリンに行くつもりだと言うと、彼女が住むポーランドのシュチェチンと言う街からベルリンまでは、180km位なので是非ベルリンで会いましょうと言う事になり、メールのアドレスを交換してスキポール空港で別れました。

メールでは彼女の感じた日本に関する沢山の疑問、今回の旅行で日本は第二の故郷だと感じている事、ポーランドの悲しい歴史や彼女の辿ってきた生い立ちなどを色々教えてもらいました。その代わりに私は日本人と西洋人の違い、日本人の性格や考え方などを感じるままに書きました。この辺は英語の先生とだいぶ話したので得意な分野です。

グラシュカさんは共産制時代には、ジャーナリストとして働いていたそうですが、その後出版社に勤めたり、教員をやったりしていたそうです。民主化した約20年前から語学学校を経営していていましたが、現在は引退して旅行に行ったり、ポエムを書いたり人生を楽しんでいるようです。ワルシャワにも家があり、そこでは大学で経済を学んでいるそうです。話を聞く限りお金持ちで教養があり、東のコビーさん(英語の先生)と言う感じです。

その後、ベルリンまで迎えに行くから、家族みんなをポーランドの家に招待したいと言う事になりましたが、1度飛行機の中で少し話した人の、しかもポーランドまで行く事に躊躇しましたが、コビーさんに相談すると 『こんなチャンスは滅多にないじゃない!』 と背中を押され、クリスマス休暇の旅行の途中で1泊だけお世話になることになりました。

以上が今回ポーランドまで行く事になった経緯です。
# by samu222_arphard | 2010-01-23 13:05 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 ドレスデン 2009.12.27

今日は8:31プラハ発の国際列車で、旧東欧の街ドイツのドレスデンへと向います。列車はDB(ドイツ国鉄)のベルリン行きで所要時間は2時間半、エルベ川沿いを走ります。
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列車は6人掛けの個室でとても快適。華やかなプラハを離れて少しすると、寂れた街並みや古い駅舎などからここが旧東欧だった事が伺えました。しかし基本的には川沿いの綺麗な景色の中を走ります。僕は列車の旅は大好きで、思わず娘達に昔の一人旅の思い出話や旧東欧がどんな国だったかなどの話をしてしまいます。
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ドレスデンは『エルベ川沿いのフィレンツェ』とも呼ばれていましたが、1945年第二次世界大戦中の米英の最大規模の無差別爆撃により、街の85%が破壊され3万人とも15万人もの市民が無くなったそうです。この聖母教会は破壊された瓦礫を最大限に活用し、「世界最大のジグソーパズル」と呼ばれた再建工事が行われ2004年に完成しました。
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ドレスデン城のアウグスト通り沿いの外壁には、歴代君主たちを描いた100メートルにわたる約25000枚のマイセンのタイルに描かれた壁画 『君主たちの行列』 がほぼオリジナルの状態で現存しています。右の看板はドイツの有名なマイセン陶磁器のもの。
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ドレスデンを訪れた目的の一つは、フェルメールやラファエロの絵画を見る事です。ツヴィンガー宮殿の一角にあるドレスデン美術館、アルテ・マイスターにはヨーロッパを代表する画家たちの膨大な数の作品がズラリと並んでいます。
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今回のフェルメールは 『取り持ち女』 と 『窓辺で手紙を読む女』 の2枚です。『窓辺で…』 は左方から光の入る室内にたたずむ女性というフェルメールの典型的作品のうち、もっとも早い時期のものとされています。これで15枚目の彼の作品を目にしました。
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イタリアの画家、ラファエロの代表作 『システィーナの聖母』 です。ラファエロの描いたマリアの中でも、極めつきの「サン・シストの聖母」と言われています。
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特にこの絵の一部である天使の絵は、マグカップやTシャツなどに描かれていてヨーロッパのどこでも見かけ、親しみがありましたがようやく本物に出会うことが出来ました。
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名画をゆっくりと堪能した後は街の散策。屋根の上に78体の聖人像がずらりと並ぶ、カトリック旧宮廷教会、その他にもオペラ劇場なども荘厳で見ごたえがあります。
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ドレスデンは世界最古のクリスマスマーケットでも有名です。ここでドレスデンでのお土産としてエルツ山地の木工人形くるみ割り人形などありますが、煙を吐く人形を買いました。
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ひとしきり歩いて体が冷えた後は、いつもこのグリューワインを飲んでいます。ワインにハーブ、オレンジなどを混ぜて熱くした物で、体の芯から温まります。記念にカップをゲット。
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夜のクリスマスマーケットもライトアップされて綺麗です。
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今日の夕食は3日目ともなりサッパリした物が食べたくなり、ベトナム料理の店に入りました。生春巻きやヌードル、ライスなどは疲れた胃を休ませてくれるようです。
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食後一人で夜景の写真を撮りに来ましたが、これらバロック様式の荘厳な宮殿や教会が立ち並んだ街が、第二次世界大戦の空襲で一夜にして破壊されてしまった事を考えると、複雑な気持ちになります。今回の旅行を振り返ると、戦争の傷跡を色々な場所で感じる事が出来ました。明日はいよいよ初のポーランドへ移動します。
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# by samu222_arphard | 2010-01-19 21:20 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 プラハ 2009.12.26 後編

『白鳥の湖』を見る前に時間があったので、ヴェルタヴァ川沿いに出てみると、見事なプラハ城とカレル橋の夜景が浮かび上がっています。これは見る価値ありでした。
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更にクローズアップすると… 街全体が必要以上に明るくない分、特に際立っています。遠い中世に思いを馳せながら見ると、更に輝いて見えます。
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『白鳥の湖 事件』 の後、慌ててタクシーで到着すると、入り口にはドレスアップした紳士淑女達が集まっていました。旅行とは言え、Gパンにジャンバーで来なくて良かったです。
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『白鳥の湖』は『眠れる森の美女』、『くるみ割り人形』と共に3大バレエと言われるそうです。国立オペラ劇場は金色の装飾が綺麗な豪華な造りです。ボックス席は特権階級の指定席なんですかね?只者じゃない人が多そうです。
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バレエの公演は休憩を挟んで2時間以上ありました。チャイコフスキーの音楽に合わせて、跳んだり跳ねたりの足音や、オーケストラの動きも良く見えてとても臨場感がありました。華麗な演技の後などは盛大な拍手が沸き起こり、みんな内容を良く知っている感じ。
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バレエには歌やセリフがないので、国籍に関係なく楽しめますが、テクニックや物語の内容などを事前に勉強しておくかがポイントのようです。しかしバレエそのものだけで無く、ヨーロッパの上流階級の人達の服装や振舞いを見ることが出来た事も良い経験でした。
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バレエが終わりホテル近くに移動したのが、22時頃で遅い夕食にしました。典型的なチェコ料理が食べられる店で、チェコの民族音楽の生演奏付きでしたが、誰も聞いていない!
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気の毒になり我々家族だけ一生懸命聞いていると、その内我々だけに特別に日本の曲なども演奏してくれました。これは今回たくさん飲んだピルスナーのチェコ・ビール、多くのレストランで見かけましたが、美味しい上に安いのが魅力。
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夜遅かったので、あっさりした物を食べたかったのですが、やはりプラハ最後の夜は肉料理です。これはポーク・ローストですが、これらに掛けるソースが決めてで、トマトソース、西洋わさびソース、キノコソースなどから選べます。柔らかくて美味しかった!
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時間はもう23時過ぎ、閉店の時間になりました。明日は朝早くドレスデンに出発なので、結果プラハでお土産を買う時間がありませんでした。先に買っておけば良かった…
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旧東欧諸国で始めて訪れたプラハは中世の面影を残すものの、大勢の観光客で賑わっており20数年前の共産制の面影はあまり感じられませんでした。しかし落ち着いた街並みや景色は今まで訪れた街の中で僕の一番のお気に入りになりました。
# by samu222_arphard | 2010-01-17 22:41 | ヨーロッパの旅行

ドイツの人達とソーセージを食べた話 2010.01.13

今週の日曜日から火曜日まで、雪の降る中ドイツとフランスの国境近くに出張に行って来ました。仕事の話はここでは置いておいて、シビアーな会議の後のお昼のランチでの事。『今日のランチは何が食いたい?』とドイツの会社の責任者。『折角ドイツに来たのだからソーセージが食べたいです』 と僕。『えっ?ソーセージ?』 とドイツの人達。

その後、みんなで僕の顔を見ながら何かドイツ語で盛り上がっていました。そして 『アリガトウ、今まで色々な外国の人をドイツに招待したけど、イタリアンや中華、フレンチが食べたいと言っていて、ドイツのソーセージを食べたいと言ったのはお前が初めてだョ』 

『えっ?ドイツではいつもソーセージとかポテトを普通に食べてるんじゃないんか?』 と聞くとみんな首を横に振っていました。少ししてソーセージとポテトがたくさん配達されてきて、ソーセージ・ランチの始まりです。ドイツの人達は異口同音に 『俺達の国の食べ物も満更ではないよな、ソーセージ何て久々に食べたよ』 と顔が柔らかくなっていきます。

『もっと食えもっと食え』 で、白や赤のソーセージを腹いっぱいご馳走になりました。その後、午前中はシビアーだった会議も、午後には場が和んできて、仕事の話は円滑に進みました。思い出に残るドイツでの 『ソーセージ・ランチ』 のエピソードです。
# by samu222_arphard | 2010-01-15 04:03 | ヨーロッパの食べ物

旅行でのハプニング 『白鳥の湖』 編 2009.01.26

我々の旅行は全て自分達で予約したり、言葉が通じない国を旅行したりしているので、ハプニングがつき物です。例えばパリに行く時に乗る電車の方向を間違えて、特急の時間に滑り込みだったり、ローマでスリに遭い、その財布を取り返したり、ウィーンでは豪華寝台列車の旅になるはずが、食堂車が無くひもじい旅行になったり、マルタではクレジットカードがブロックされてしまい、ホテルの清算ができず、青くなったりなど色々ありました。

今回の旅行でもプラハの両替所で看板の標記とは違う法外なレートで両替されていて、後で気が付いて取り戻しに行きましたが、被害に遭った観光客がごった返していて警察も取り合ってくれなかった。ドレスデンのホテルで4部屋のでの予約が3人分しかベットが用意されてなく、確認書を持ってクレームを言いに行きましたが、それが日本語だったため相手が取り合ってくれず、結局1部屋分余計に借りなければならなかった。ベルリンでブランデンブルク門への道を聞きましたが、逆の道を教えられ1時間以上雪の中を彷徨った。大晦日,スキポール空港から家に帰る時に、バスが来なくて寒い中1時間も待たされた挙句、タクシーで帰らなければならなかったなどありますが、『白鳥の湖』 編はこちら…

プラハ旅行の目玉の一つはバレエ 『白鳥の湖』 を見ることでした。下の娘も学校で習った事があると言う事で楽しみにしていました。チケットはオランダからネットで予約して、プラハのホテルで受け取りました。行った事がある人から聞いて、当日は正装が望ましいとの事なので、家族みんなオシャレをして行きました。ここまではパーフェクト!
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バレエは19時からですが、少し早く行って待ち時間の間、気取ってワインでも飲もうと思い 『国民劇場』 に1時間前に着きましたが、まだ時間が早いのか開いていません。しかし入り口には 『白鳥の湖』 の写真があり気分は盛上がります。この前で記念撮影をしたりして待ちますが、夕食には中途半端な時間だし、近くにプラハ城の夜景を見に行きました。気分は盛り上がり、無意識に『白鳥の湖』の曲を口ずさんでいます(笑)。
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そして再び劇場に戻ったのが30分前、もう劇場は開いているので係りの人にチケットを見せると、変な顔をした後、『このチケットじゃだめよ』 と言っています、『…どういう意味?』 『劇場の場所が違うわよ!』 『えっ?場所が違うって?どこ』 『国立オペラ劇場よ(英語)』 『どうやって行くの?』 『9番のトラムに乗って右行って、左行って…』 ヤベェと慌てて外に出ますが、時間はもうありません。あーっ、またやっちゃったよー。

外に出ると9番のトラムが向ってきます。慌てて飛び乗り 『これってどうやってお金払うの?』 と探しながら何個か乗りますが、当てを付けた 『オペラ劇場』 とは違った方向に走っていきます。変な所に行っちゃうよりはと無賃乗車のままトラムを降りて、近くの店の人にチケットを見せて場所を聞きますが、全く英語が通じない。この時既に18:45分。

いやーっ参ったなーと途方に暮れていると、首尾よく良く流しのタクシーが… ガイドブックには 『流しのタクシーはボラれるので乗らない事』 と書いてあったのを覚えていましたがしょうがない。運ちゃんに劇場のチケットを見せて場所を確認し、値段を交渉すると、600czkとの事。『えーっとこれって何ユーロだっけ…』 『約20ユーロ』 とお姉ちゃん。意外とリーズナブルじゃん 『OK!ここまで大至急行ってくれ!』 とタクシーに乗り込み走り出すと、直ぐ裏側の通りの劇場の前に到着!『あれっ?これって直ぐ近くじゃない』 と思いましたが英語が通じない。まあ無事着いたしいいっか?
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チェコのセレブ達の車に混ざり我々も劇場に車横付けでした。見た目はカッコいい(でしょ?)。 結果、歩いても行ける距離だったのでガイドブック通りボラれてしまいましたが、何とか10分前には『国立オペラ劇場』 に到着する事が出来ました。気取ってワインを飲む時間は無く、喉が渇いたのでビールを一気飲みするしか時間が在りませんでした(冷汗)。

と言うのが今回の一部始終です。反省としては先入観で バレエの場所を 『国民劇場』 だと思ってしまった事でしたが、確かに 『白鳥の湖』 はここでもやっているし、英語での標記が紛らわしかった事、落ち着いてガイドブックで場所を確認すれば良かった、など言い訳はありますが、何とか開演には間に合いました。文章で書くと緊迫感が伝わりませんが、娘達はどんな顔で付いて来ていたのでしょう。実際この30分間は焦りましたヨ。

今までの旅行で身の危険を感じるような事はありませんでしたが、言葉が通じない国では 『勘』 や 『…だろう』 で行動するので、この手の話はつき物です。。このハプニングも思い出の一つと言う事で良しとしましょう。でも名誉のために書いておきますが、殆どのケースは予定通り事が運んでいますよ(笑)。
# by samu222_arphard | 2010-01-14 04:11 | ヨーロッパの旅行