カテゴリ:ヨーロッパの旅行( 122 )

バルセロナ 2010.03.20~03.23

ヨーロッパ生活の最後の記念に、4日間でバルセロナに行ってきました。最後のヨーロッパ旅行をバルセロナに決めた理由は、暖かい日差しと美味しいシーフード、それとサクラダファミリアを初めとするガウディの建築物などを見てみたかったからです。

初めて見るサクラダファミリアは、思ったよりも大きく感じませんでした。ケルン大聖堂のずっしりとした造りに比べると、スラリとした造りです。とは言ってもまだ未完成ですが… 近くの公園には桜が咲いていました。サクラとサクラダファミリアの2ショット。
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その他にもガウディの建築物は沢山あり、奇抜な造りのビルをたっぷりと満喫しました。
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期待通りの美味しいタパスやシーフード、沢山のオリーブオイルで直ぐにお腹がウップ。
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でも何よりも思い出に残ったものは、ヨーロッパの春を最後の最後に満喫できたと言う事。
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外のカフェに座ってたっぷりと陽を浴びてきました。こんな感じで…
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これでヨーロッパの思いを残すことなく帰国する事ができます。
by samu222_arphard | 2010-05-23 21:28 | ヨーロッパの旅行

最後のケルン大聖堂 2010.03.13

初めてドイツのケルン大聖堂を見たのは4年前、この威風堂々の姿を見た時に決めたのが、帰国する前にもう一度この大聖堂を見に来る事でした。そして今日いよいよその時がきてしまいました。このデカイ大聖堂が大好きで今まで、5回は見に来たと思います。
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ケルンに来る時は、雨が多かったのですが、本日も午前中は雨。雨宿りを兼ねていつものビアホールに来て、早速ソーセージやビールを楽しみました。
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実は、大聖堂だけが楽しみなわけではなくて、これも目的の一つなのです。
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こんな不健康そうな食べ物も、最後となると寂しいものです。
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食後腹ごなしに近辺を散歩。ドイツっ子達の願いがこもった鍵鍵鍵…
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ひとしきり街を歩いた後は、恒例の買い物タイム。今回私は日本にもって帰るスーツやYシャツ、女性軍も洋服や雑貨などの買い物を楽しみました。
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最後に見る大聖堂様に、今後の門出の願をかけました。ドイツに来るのもこれが最後です。この力強い大聖堂のように、帰国しても威風堂々とありたいものです。
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by samu222_arphard | 2010-03-20 04:41 | ヨーロッパの旅行

ヴェニス お店&レストラン編 2010.02.26~28

今回ヴェニスに来て楽しみにしていたのがシーフードです。今回の3日間の滞在では一切肉を食べずにシーフードやパスタ、ピザなどのイタリアンを楽しみました。コビーさんやグラシュカさんからはレストランではボラレないように気を付けて!と注意されていたので、調子よく日本語で話しかけてくるレストランはパスです。こういう所は危ない危ない。
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もっぱらガイドブックに載っているレストランを探して入りました。うわー、久しぶりに見るシーフード!どれも美味しそうです。ショーケースから美味しそうな物を選んで食べました。
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先ず飲み物はビールにワイン、前菜は、かに味噌タップリのカニのサラダとタコのマリネ。
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そしてメインはイカ墨が入ったイカ煮、あさりタップリのスパゲティー、色々な魚介類のフライ盛り合わせなどなど… 毎日同じような物ばかり食べてました。値段はオランダなどよりも高めですが、どれも美味しく満足なのでOKです。家族みんなで幸せ気分。
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土産屋では早速つり銭ゴマカシ。下の娘が4€のキーホルダー買って10€払ったら、5€札+20㌣のおつり、お姉ちゃんが代わりに20㌣返して 『おつり違ってますよ』 と言うと 『アーゴメンゴメン、ハイ1€』 と裏返しで50㌣のバック。まだやりますか?私が 『あのー 我々ユーロ使い慣れてるんですけど…』 と言うと最後は観念して1€返してくれました。後は英語が判らない振り… せめて子供からは止めようよ。悪気が無いのが困った物です。
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ヴェネチアでは中世より職人による手工芸が発達していて、その伝統が今でも生きています。その一つがカーニバルで使う仮面です。街のどこででも売ってますが、ある店では『Made in China ではありません』 ?の看板。やはり安い物はそうなんですね。
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娘達はお小遣いで多分 Made in Chinaの物を、家には飾りとして Made in Venezia の物を買いましたよ。全体的にレストランは高めですが、土産物は安いかな…
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もう一つの有名な手工芸のお土産がヴェネチアングラスです。
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値段はピンからキリまでありますが、少し変わった柄の皿を見つけて記念に購入しました。家までは割れないように大事に手荷物で持って帰りましたよ。
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ヴェネチアの街のみやげ屋さんなどを、冷やかしながらのそぞろ歩きは楽しいです。
by samu222_arphard | 2010-03-10 15:39 | ヨーロッパの旅行

ヴェニス 街並み編 2010.02.26~28

グラシュカさんを空港に送り、その後日本からのお客さんと夕食を食べてと、忙しい日々が続きましたが、次の日の朝一番、2泊3日でヴェニスに行ってきました。

ヴェニスはイタリアの北東に位置し、アドリア海に面しています。中世にはヴェネツィア共和国の首都として盛えた都市で、「アドリア海の女王」「水の都」「アドリア海の真珠」などの別名をもっています。オランダからは飛行機で約1時間半ですが、待ち時間や空港からの移動も含めると5時間以上掛かりました。

ここはサン・マルコ小広場で左が鐘楼、奥がサンマルコ教会、右がカ・ドーロ宮殿です。
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2日目は抜けるような快晴で、コートが要らないような温かい陽気になりました。
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大潮、気圧の変化、そしてアドリア海を南から吹く風の3つの要因が重なると、高潮が起こり、ヴェニスの街中まで水が入り込み、特に一番低いサン・マルコ広場は水没します。その時、広場や道路には臨時の高床が組まれ、通行を確保しています。
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こういう稀な機会に遭遇できてラッキーですが、移動には不便です。地元の人やお巡りさんは長靴を履いていますが、簡易長靴も売っていましたよ。将来、ヴェニスは街全体が水没の危機にあるようで、現在沖に堤防を建設する計画があるようです。
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ヴェニスの街には車の乗り入れは禁止だし、自転車も見かけませんでした。交通の手段は船と徒歩のみです。これは有名なゴンドラですが、主に観光用です。
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街ではゴンドリエーリ達が客引きをしたり、バーで談笑したり正にヴェネチィアの顔。
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街中の移動にはヴァポットという水上バスを使います。1.5日間乗り降り自由のパスを買ったので、気軽に街を移動できます。その他タクシー、荷物を運ぶトラックもみんな船です。
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水上バスからの景色も最高です。今日は天気が良くて8℃暗いあるでしょうか。駅からサンマルコ広場までゆっくりと流れる大運河には12~17世紀の建物が立ち並んでいます。
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高さ約100mの鐘楼に登ってみました。ヴェネチィアの街とラグーナの眺望が素晴らしい。
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ドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院側の眺望。
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ヴェネチィアの街は今まで訪れた事が無い、水に囲まれた特別な街です。期待以上に素晴らしい景観で、娘たちも感激して好きな街の一つにランクインしていました。
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もちろん夜も色々と動き回りました。この橋は大運河に掛かる橋の中でも一番大きいリアルト橋。みやげ物屋やレストランが多くある地区で、この橋からはゴンドラが行き交う姿を見る事が出来る絶好の写真スポット。街の治安は良さそうですが、夜に比較的早く店が閉まってしまうのが残念です。観光シーズンじゃないからかも知れません。
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次はヴェネチィアのお店や食べ物などを紹介します。
by samu222_arphard | 2010-03-08 14:02 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 ベルリン 最終回 2009.12.31

今日もまた雪のベルリンになりました。ホテルで今日の天気は何?と聞くと、一日中この通りの天気ですとうんざりの模様。雪の中を歩くのにもさすがに疲れてきました。
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今日も近くのパン屋さんに朝食を食べに行きました。ドーナツを頼むと、店のお姉ちゃんが 『美味しくないから食べない方が良いですよ』、『本当に食べるの?』 食べてみると中にマスタードソースが入っていました。帰り際、『まあ美味しかったよ』 と言うと、『ゲッ信じられない』 と言う顔… この辺りがヨーロッパの人らしく親切なのか正直なのか…
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コカコーラの看板を見て、そういえば明日は新年なんだなーとしみじみ思います。でもヨーロッパの大晦日は、今のところ普通の休日とあまり変わりません。
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最後の訪問地はチェックポイント・チャーリーとポツダムに行こうと思います。駅に向う道のりの、雪化粧のカイザー・ヴィルヘルム記念教会とクリスマスマーケット。
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先ずは地下鉄で、チェックポイント・チャーリーに来ました。ここは東西のドイツが分断されていた時代に、東西境界線上に置かれていた国境検問所で、現在は東西分断の象徴の一つです。1961年にはベルリン危機と言われる、ソ連とアメリカの戦車が対峙した事も。
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その近くにはベルリンの壁があり、手前にあるトポグラフィーオブテラーというゲシュタポの本部跡地の展示を見ようと思いましたが、大晦日の為に休館でした。見なければいけないと思いましたが、反面見ることが出来なくてホッとした部分もあります…
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東ドイツの体制をも物語る歴史的なモニュメントとも言える自動車 『トラバント』です。トラビの愛称で旧東ドイツでは爆発的な人気を誇っていましたが、壁崩壊後はVWやオペルなどの西ドイツ車との技術の差が歴然で、自然に淘汰されていきました。
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露天のお土産屋には、昔のソ連兵が被っていた帽子や将校が被っていた帽子、アメリカの兵隊が被っていた帽子のレプリカなどが売っていて、欲しかったのですが持って帰るのにかさ張るので止めました。まさか被っていく訳にもいかないし…
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ベルリンの過去の歴史にゆっくりと触れていたので、ポツダムまで行く時間が無くなってしまいました。18時発の飛行機で帰るので、ホテル近くのクリスマスマーケットで軽めのランチを摂る事にしました。今年最後のクリマは雪の中、思い出に残ると思います。
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6泊7日の旅行も2009年もいよいよ終わりに近づいてきました。最後のグリューワインと、マッシュルームのソテーを食べながら旅行を振り返ると、今回はプラハ、ドレスデン、ポーランドのシュチェチン、ベルリンと盛り沢山でしたが、多くの人と出会い、厳しい歴史を垣間見る旅になりました。子供達にとっても色々と勉強になったと思います。
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ベルリンのターゲル空港は雪、このブルーのKLMの機体を見るとホッとします。定刻の出発が危ぶまれましたが、約30分遅れで飛び立ってくれました。
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2009年最後の旅行もバレエの劇場を間違えたり、両替所でボラれたり、雪の中1時間以上さまよったりと色々ハプニングがありましたが、何とか無事に旅を終えらそうです。現在は20時30分、これで家に帰ってゆっくりと年越しの紅白歌合戦を見る 予定でしたが・・・
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空港からのバスが何のアナウンスも無く全て運休。寒い中1時間以上も待たされて、結局は紅白歌合戦には間に合わず遅く帰り着く事になりました。あーっ疲れた!
by samu222_arphard | 2010-03-04 04:05 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 ベルリン 2009.12.30

朝起きて窓の外を見ると、雪が降り積もっています。そう言えば本来は雪になると覚悟していた、プラハ、ドレスデン、シュチェチンも差ほど寒くありませんでしたがベルリンは雪です。旅行も6日目になり、いつもの通り胃が疲れてきてるので、ホテルでの朝食を止めて、近くのパン屋さんに行き軽くパンとコーヒーで済ませました。ドイツのパンも美味しいです。
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雪の世界都市ベルリンも乙なものだと観光に出かけましたが、寒い上に凄い雪。地下鉄でポツダム広場まで行き、店の人にブランデンブルク門の方向を聞きましたが、結果教えてくれた方向が逆で、雪の中を1時間近く彷徨ってしまいました。あーっ寒かった!
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しかし偶然、来る予定だったベルリン美術館に辿り着いたので、寒さを癒すために駆け込みました。ここではフェルメールの 『真珠の首飾りの女』 と 『紳士とワインを飲む女』 2点の絵画が我々の目的です。さすがにフェルメールの絵の前には沢山の日本人観光客が… 為になるガイドをタダで聞いちゃいました(笑)。その後、ゆっくり絵画を独り占め!
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暖を取ったのでまたまた観光開始!雪の中を歩いてポツダム広場前に行くと、『壁』 の展示を発見。想像通り落書きだらけですが、意外と薄かったのが印象です。しかし、旧東独の人にはさぞかし厚い壁だった事でしょう。近くに当時の軍服を着た人がいて、壁閉鎖時に使っていたスタンプを、2.5ユーロで記念に押してくれました。この軍服姿少し怖い…
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旧東欧旅行に際して、当時の歴史を少し読みましたが、ベルリンに関して 『壁』 と 『第二次世界大戦』 を抜きにしては語れません。ここはブランデンブルク門近くの 『虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑』 です。2711基の石碑が規則正しく並べられており、石碑には何も書かれていないのが、一層何かを語っているように感じます。
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重い気持ちのまま念願のブランデンブルク門へ来て見ると 『ありゃ?』 周りには仮設テントが張られ、報道車も沢山で写真を撮るには最悪の状況… どうやら明日のNew Year のカウントダウンの式典の準備が既に整っている模様。これにはさすがにガックリ。
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寒いし昼時なので、旧東ドイツ側のレストランでビールとソーセージを食べました。ここはクリントン元大統領や、麻生元首相なども来た事があるレストランの様です。このカレー粉で書かれているのは、『門』 だとウェーターさんが自慢していました。言われてみれば…
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旅行前ベルリンの壁については、かなりあやふやな知識でしたが、ベルリンを訪れることで、正しい歴史認識や、どの国がどの領土を占領していたかなどを理解する事が出来ました。しかしこの写真を見る限り、現在は平和である事は間違い無さそうです。
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次の目的地は世界遺産にもなっている博物館島です。ベルリンの中心部、シュプレー川の中洲にある5館18の部門から構成されている博物館群で、我々の目的はエジプト美術館にある紀元前1345年に制作された、 『ネフェルティティ像』 を見る事です。
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どこの美術館でも写真が許されている太っ腹も、この胸像の撮影だけはダメでした。古代エジプトのネフェルティティは女性美の象徴として最も有名な古代の女性の一人です。現在エジプトが返還を求めて国際裁判になっています。保存状態が良く、整った顔達は今でもどこかにいそうな美しい顔でした。時間が無いので他の展示物はスルーです。
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王家ゆかりの人々の墓がある、威風堂々のベルリン大聖堂は、第二次世界大戦で大きな被害を受けましたが、修復されて今の姿になりました。雪景色と合い綺麗ですが何しろ寒くて、体が動かなくなって来ました。暖かい飲み物を求めて(またグリューワインです…)、カイザー・ヴィルヘルム教会周辺のクリスマスマーケットまで路線バスで移動しました。
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この教会は広島の原爆ドームと同様に、ベルリンの空襲の悲惨さを伝えているモニュメントです。朝同様に胃が疲れてきているので、今日の夕食は簡単に済ませることにして、クリスマス・マーケットで中華焼きそばなどを食べました。アジアの味は美味しかったなー。
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雪のクリスマスマーケットを楽しんだ後、ブランデンブルク門の夜景が綺麗だろうと思い、またまた路線バスで移動してみると、ディズニーランドの様な夜景に遭遇する事が出来ました。こんな派手な演出を見たら、ナポレオンもヒトラーも驚くだろうなー。
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そういえば2009年も明日で終わりです。明日は10万人以上もの人が集まり、新年のカウントダウンが行われます。本当はもう1日滞在を延ばしても良かったんだけど、紅白歌合戦が見たいので明日オランダに帰ります。旅行もあと1日を残すのみとなりました。
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by samu222_arphard | 2010-02-10 04:33 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 シュチェチン 2009.12.29

昨夜のパーティーの最後に、ユリアさんが勧めてくれた強い酒のお陰でぐっすりと眠れたようです。今日はみんなで、シュチェチンの街に買い物に行く予定です。その後ベルリンまでは、自分達で列車で帰るというと、異口同音に無理だから車で送ってくれるとの事。

朝食はグラシュカさんと娘のユリアさんがパンとポーランドのハム、チーズなどを用意してくれました。その上ベルリンに行く途中でお腹が空いたら食べてと、サンドウィッチを作ってくれました。至れり尽くせりで申し訳ありません。みんな寝起きの顔なので写真は無し。
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11時にステファンさんが迎えに来て、この家とはお別れです。本当は何日でも泊まって行ってと言われていたので、1泊だけなのでグラシュカさんはとても残念そうです。でも本当に僕らの家族を気に入ってくれたようで、我々にとっても有難いことです。
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街に行く途中、昨夜食べて美味しかった物などを、ゴシアさんが買って来てお土産としてプレゼントしてくれました。みんな親切で気を使ってくれています。この宣伝はグラシュカさんが所有している、語学学校の広告だそうです。英語、ドイツ語… 中国語もありました。
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この街に日本人はいないと言うように、すれ違うと結構注目されています。グラシュカさんは、街では顔らしく、大学の教授や学校の先生など何組もの人達に会い、我々を紹介してくれました。娘に、日本のお客を連れて街を歩くのが誇らしいと言っていたそうです。
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昨夜カミサンがポーランドの食器が好きで集めていると言うと、それを売っている店に連れて行ってくれました。沢山の種類にカミサンは感激、しかもオランダで買うよりかなり安かったようです。ちなみにポーランドの通貨は、我々に馴染みの無いズウォティーです。
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こんな素敵なチェストも約300ユーロだとか… 持って帰れないし。
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昔の共産政権時代の建物は、みなこのようなグレーの建物だったそうです。民主化する前からのこの20数年、パンや肉を買うのに2時間も並んでいた時代から、何でも手に入るようになった現在までの私達の変化を想像できる?と言う言葉、重たかったです。
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グラシュカさんは上のお姉ちゃんにくっついて、色々喋っていました。もう本当に親しい間柄になったようです。将来は海外に行きたいの?お父さんは何と言っているの?また遊びに来なさいね、将来スペイン語を勉強しなさいな… お姉ちゃんも嬉しそうです。
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オランダにも無いような大きなショッピングセンター、クリスマスが終わっても依然多くの人で賑わっています。ここでは洋服から雑貨など何でも揃います。世界全体の景気が落ちていても、ポーランドは元気が良いというのが判ります。雰囲気はドイツや日本の様。
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特に洋服や雑貨類は買うものが無かったので、早めに次の目的地ベルリンまで行く事にします。送ってくれる、グラシュカさんとステファンさん以外はここでお別れ。1泊しかしませんでしたが、本当に親切にしてもらいました。またどこかで会いましょう!
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みんなと別れた後ステファンさんの車で、グラシュカさんも一緒にまたベルリンまでの180kmを送ってくれます。年末も押し迫った大切な時間なのに、本当に申し訳ない限りです。車の中でもとても名残惜しいようで、カミサンや娘達などともたくさん話していました。
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もし飛行機の中で会わなければ、ポーランドは一生意識しない国で終っていたでしょう。しかし僕にとって未知だった悲しい歴史を辿ってきた国の人達が笑い、楽しみ、悲しんでくれる普通の人達だという事を知りました。『一期一会』 の言葉の意味を教えてあげたら、素晴らしい言葉だと感激してくれました。これからも良い友達でいられる事でしょう。
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ステファンさんはホテルまで送ると言ってくれていますが、道が不慣れなためにベルリンで迷ってしまいました。何としても夕食までにポーランドに戻って欲しかったので、途中で降ろしてもらう事にして、ホテルまではタクシーで行くことにしました。本当に何から何までお世話になり感謝感激です。私が感じたポーランドについてはまた別な機会に…
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夕方6時にはホテルにチェックインして、夕食がてら街に繰り出しました。夕食の後、グラシュカさんに電話すると、無事にシュシェチンに帰り、家族と夕食を食べてるとの事で安心しました。我々の旅行も残す所後2日、最後の街ベルリンを楽しみたいと思います。
by samu222_arphard | 2010-02-02 04:15 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 シュチェチン 2009.12.28

今日はポーランドのグラシュカさんの家に招待されています。ドレスデン9:04発の列車に乗りベルリンへは11:17に到着。ベルリンの駅までは車で迎えに来てくれる事になっています。予めe-mailで予定は伝えてあるのでたぶん大丈夫でしょう。
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列車の中では少々心配でしたが、定刻通りベルリンの駅に着くと、グラシュカさんと飛行機の中で会ったもう一人のゴシアさんが本当に待ってくれていました。私と上の娘は感激の再会、カミサンと下の娘は初対面です。熱烈なハグを受けてから駅の外に出ると、大きなベンツのミニバンでゴシアさんのご主人のステファンさんが待っていてくれました。

180kmの距離をポーランドからベルリンまで、みんなで迎えに来てくれるとは感激です。グラシュカさんもゴシアさんも本当に嬉しそうです。車の中では今回の旅行の事や家族の事等を沢山話しました。途中、ゴシアさんが朝早くおきて用意してくれたボルシチスープや、野菜サラダ、ピロシキなどのポーリッシュ・ランチを美味しく頂きました。

そして約2時間のドライブの後、ドイツの国境を越えて初ポーランドです!一度グラシュカさんの大きな一軒家に寄り、娘さんなどを連れて街の観光に出かけました。
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グラシカさんは我々の訪問にあたり、親友のゴシアさん夫妻、ワルシャワに住む娘の臨床心理学者のユリアさん、オランダからはロッテルダムに住む、精神科医のトニーさんとその娘さんを招待してくれていました。一番左の人がグラシュカさん。丁度風が吹いて…
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シュチェチンはポーランド北西部のドイツとの国境沿いにあります。バルト海に面しており、ポーランド第2の規模の港湾都市で機械工業などが盛んです。

ガイドは専らステファンさん。彼は船のモーターを作る会社の経営者で、以前は船乗りをしていたと言う屈強なポーリッシュ。シュチェチンのガイドを始めると止まらなくなります。
色々な観光名所に連れて行ってくれて説明をしてくれますが、少々の歴史の知識位じゃポーランドの歴史を把握する事は出来ません。結構単語や人名が判んないし… ここは昔のお城の時計台ですが、こんなモダンな形の飾りは始めて見ました。
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城内の拷問の展示物で遊ぶオランダから来たハナと、それを笑って見ているゴシアさん。意外とキャラクターが明るいので安心しました。旧東欧の時代や第二次世界大戦の時の話は、嫌がるのかと思っていましたが、意外とオープンに話してくれました。
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街の中にはポーランドの象徴、鷲の紋章や像をたくさん見かけます。シュチェチンの街は昔の東欧の雰囲気を残すグレーの色の建物と、新しく開発が進んだモダンなビルが同居しています。しかし思った以上にシュチェチンは大きな街です。
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友達が経営する1909年開館の、世界で一番古い映画館に連れていってくれました。本当?と思っていたら… ギネスブックの登録証がありました。そしてオーナーが出てきて、我々に館内を案内してくれました。見学後、別れ際に 『また後で』 とオーナー。えっ、この人もパーティーに招待してるんだ!? ワーォ!何だか大変な事になってきたぞ!
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観光の最後は22階建ての夜景が綺麗なカフェに連れて行ってもらいました。この状況下で本当はビールを飲みたかったんだけど、ステファンさんが運転で飲めないので、僕も水を頼んだら、『何でアルコール飲まないの?』 とグラシュカさん。その時彼女の顔は、『ハハー、これが日本人の遠慮なのね』って顔でチェックされてしまいました(汗)。
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観光を終えてグラシュカさんの家に戻ると、ポーランドの女性達は勝手が判っていて、整然とパーティーの準備が始りました。今日は日本人のお客さんが来るので、仲の良い友達を招待しているようです。その内にお客さんが集まり、総勢14名になりました。
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ワインでの乾杯の後、ポーランドの家庭料理をたくさん振舞ってくれました。前菜のサラダ、ヌードル入りのスープ、餃子に似たパイ、七面鳥を煮たもの等ワインと一緒にどれも口に合い美味しい。娘のユリアさんはよく気がつき、いつも話しかけてくれます。もう見るからに才女という感じですが、英語が無茶苦茶早くて難しい(汗)。
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オランダの人もホーム・パーティーは好きですが、メインは家族や親戚などです。一方ポーランド式はお友達や近所の人達を呼んでよく行うようです。そしてもう一つの特徴は女性達は物凄く良く喋ります。本当に笑っちゃうくらい喋る喋る!我々からするとオランダ人も良く喋りますが、オランダ人のトニーさんも付いていけないようです(笑)。
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我々がいるのでみんな英語での会話ですが、ポーランドの特に若い人は英語を話す人が多いようです。と言うか今日の人達はみな上流階級なんだと思います。ポーランドの歴史や習慣、食べ物の事やオランダでの生活の事、日本の事など沢山話しましたよ。
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モデルの様なサンドラさんは、弁護士を目指して平日はベルリンでドイツの法律の勉強、休日はポーランドの法律を勉強しているそうです。控えめな性格で、勉強もよくする姿を見て上の娘も刺激を受けていました。
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下の娘はオランダ語が少し話せるのでハナが懐いて一緒にお土産で持っていった、けん玉や折り紙、ゲーム機などで遊んでいました。
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グラシュカさんが子供の頃の写真を見せてくれました。当時の社会主義の時代でも家の中ではクリスマスツリーを飾り、明るく華やかな顔をしている家族との写真が沢山ありました。しかし厳しく統制された社会では、迂闊な発言が命取りになる時代だった事、当時東ヨーロッパしか旅行が許されなかった事、肉を買うのに何時間も行列で待った話、社会主義体制から民主化した時の話など沢山聞かせてくれました。ステファンさんのお父さんは、彼が7歳の時に共産党員に殺されて、14歳から働かなければならなかったそうです。こういう話を直接聞くと、そう遠くない昔の現実の話だと身につまされます。
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パーティーは0時位に終わりましたが、本当に楽しい時間を過ごしました。今日は泊まりのお客さんが沢山ですが、我々には自分の部屋を提供してくれて、自分はソファーで寝たようです。何だか今日は色々な人と会ったり、初めてもポーランドだったりと目まぐるしかった1日でしたが、一生忘れない思い出に残る日になりました。
by samu222_arphard | 2010-01-30 14:24 | ヨーロッパの旅行

ポーランドの人グラシュカさんとの出会い 2009.11.26

旧東欧旅行の途中でポーランドに住む、グラシュカさんの家に招待されました。ポーランドの旅行記の前に少し我々との出会いについて触れておきます。

去年11月、日本からの帰りの飛行機の中での事。12時間のフライトはさすがに退屈で、一番後ろのスペースに立って気分転換をしていたら、西洋人の2人の女性も退屈そうにしていました。話すとポーランドの人達で、歳の頃は私よりも5~10歳は上か?英語で、31日間も日本の東京、横浜、大阪、京都、岡山、広島を旅行してきたと話してくれました。

話の中で日本の人が親切だった事、文化や景色が素晴らしかった事など、旅の思い出を話してくれました。日本人として自分の国を褒められると嬉しい限りです。日本でもっと沢山の人達と話たかった様ですが、あまり話す事ができなかったのが残念だったようで、彼女の沢山の日本に関する質問に答えてる内に、だんだんと打ち解けてきました。

話の成り行きで、私たちは年末の旅行でベルリンに行くつもりだと言うと、彼女が住むポーランドのシュチェチンと言う街からベルリンまでは、180km位なので是非ベルリンで会いましょうと言う事になり、メールのアドレスを交換してスキポール空港で別れました。

メールでは彼女の感じた日本に関する沢山の疑問、今回の旅行で日本は第二の故郷だと感じている事、ポーランドの悲しい歴史や彼女の辿ってきた生い立ちなどを色々教えてもらいました。その代わりに私は日本人と西洋人の違い、日本人の性格や考え方などを感じるままに書きました。この辺は英語の先生とだいぶ話したので得意な分野です。

グラシュカさんは共産制時代には、ジャーナリストとして働いていたそうですが、その後出版社に勤めたり、教員をやったりしていたそうです。民主化した約20年前から語学学校を経営していていましたが、現在は引退して旅行に行ったり、ポエムを書いたり人生を楽しんでいるようです。ワルシャワにも家があり、そこでは大学で経済を学んでいるそうです。話を聞く限りお金持ちで教養があり、東のコビーさん(英語の先生)と言う感じです。

その後、ベルリンまで迎えに行くから、家族みんなをポーランドの家に招待したいと言う事になりましたが、1度飛行機の中で少し話した人の、しかもポーランドまで行く事に躊躇しましたが、コビーさんに相談すると 『こんなチャンスは滅多にないじゃない!』 と背中を押され、クリスマス休暇の旅行の途中で1泊だけお世話になることになりました。

以上が今回ポーランドまで行く事になった経緯です。
by samu222_arphard | 2010-01-23 13:05 | ヨーロッパの旅行

旧東欧旅行 ドレスデン 2009.12.27

今日は8:31プラハ発の国際列車で、旧東欧の街ドイツのドレスデンへと向います。列車はDB(ドイツ国鉄)のベルリン行きで所要時間は2時間半、エルベ川沿いを走ります。
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列車は6人掛けの個室でとても快適。華やかなプラハを離れて少しすると、寂れた街並みや古い駅舎などからここが旧東欧だった事が伺えました。しかし基本的には川沿いの綺麗な景色の中を走ります。僕は列車の旅は大好きで、思わず娘達に昔の一人旅の思い出話や旧東欧がどんな国だったかなどの話をしてしまいます。
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ドレスデンは『エルベ川沿いのフィレンツェ』とも呼ばれていましたが、1945年第二次世界大戦中の米英の最大規模の無差別爆撃により、街の85%が破壊され3万人とも15万人もの市民が無くなったそうです。この聖母教会は破壊された瓦礫を最大限に活用し、「世界最大のジグソーパズル」と呼ばれた再建工事が行われ2004年に完成しました。
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ドレスデン城のアウグスト通り沿いの外壁には、歴代君主たちを描いた100メートルにわたる約25000枚のマイセンのタイルに描かれた壁画 『君主たちの行列』 がほぼオリジナルの状態で現存しています。右の看板はドイツの有名なマイセン陶磁器のもの。
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ドレスデンを訪れた目的の一つは、フェルメールやラファエロの絵画を見る事です。ツヴィンガー宮殿の一角にあるドレスデン美術館、アルテ・マイスターにはヨーロッパを代表する画家たちの膨大な数の作品がズラリと並んでいます。
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今回のフェルメールは 『取り持ち女』 と 『窓辺で手紙を読む女』 の2枚です。『窓辺で…』 は左方から光の入る室内にたたずむ女性というフェルメールの典型的作品のうち、もっとも早い時期のものとされています。これで15枚目の彼の作品を目にしました。
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イタリアの画家、ラファエロの代表作 『システィーナの聖母』 です。ラファエロの描いたマリアの中でも、極めつきの「サン・シストの聖母」と言われています。
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特にこの絵の一部である天使の絵は、マグカップやTシャツなどに描かれていてヨーロッパのどこでも見かけ、親しみがありましたがようやく本物に出会うことが出来ました。
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名画をゆっくりと堪能した後は街の散策。屋根の上に78体の聖人像がずらりと並ぶ、カトリック旧宮廷教会、その他にもオペラ劇場なども荘厳で見ごたえがあります。
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ドレスデンは世界最古のクリスマスマーケットでも有名です。ここでドレスデンでのお土産としてエルツ山地の木工人形くるみ割り人形などありますが、煙を吐く人形を買いました。
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ひとしきり歩いて体が冷えた後は、いつもこのグリューワインを飲んでいます。ワインにハーブ、オレンジなどを混ぜて熱くした物で、体の芯から温まります。記念にカップをゲット。
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夜のクリスマスマーケットもライトアップされて綺麗です。
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今日の夕食は3日目ともなりサッパリした物が食べたくなり、ベトナム料理の店に入りました。生春巻きやヌードル、ライスなどは疲れた胃を休ませてくれるようです。
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食後一人で夜景の写真を撮りに来ましたが、これらバロック様式の荘厳な宮殿や教会が立ち並んだ街が、第二次世界大戦の空襲で一夜にして破壊されてしまった事を考えると、複雑な気持ちになります。今回の旅行を振り返ると、戦争の傷跡を色々な場所で感じる事が出来ました。明日はいよいよ初のポーランドへ移動します。
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by samu222_arphard | 2010-01-19 21:20 | ヨーロッパの旅行